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2008-08-28 21:24 | カテゴリ:モノローグ
最近、忙しいわ体はだるいわ、PCダウンしてたわで、言葉足らずの文面がなんだか誤解を生んでいる気がして・・・


書こうと思っていても、手がしびれたり、調子がいいときは、他の実務的な作業を優先させたりと、前みたいにあれもこれもこなせるほど時間と体力に余裕がないってのが正直なところ。

だけど言葉足らずで文章を起こせば、勘違いや誤解を生み、結果自分にとっては良くない結果になることが多い。それなら書かないほうがマシだったな・・と思うこともしばしば


先日のバトル・疲労の2トピックについて、なぜに私がここまでに切れたか・・・・という経緯があるのですね。そもそも皆様のご意見、ご指摘をわかっていないわけでもない、私がなぜここまで傍若無人になったかという理由です。

21、22、23、24日はそもそも主治医との相談で外出許可が出ておりました。
その初日21日のこと、マスクして完全防備体制で移動も最小限に抑え、体力の消耗、疲れることは最低限に抑えて、との指示でした。

そして、タクシーで移動して、堀江、事務所、経由して自宅で食事、風呂済ませ病院に戻るということを数時間以内にしなければならないということになったとき、こんなハードなら相談したほうがいいなという結論に至り、病院に戻った際に主任看護師さんに相談した。


「疲労がたまるのと、移動が多いのがだめってきいたので、よかったら事務所でじっとしてたほうが、いいのではないか?どんなもんなんでしょうか?私は判断できないので相談してください」

と伝えたら次の日形相を変えた主治医が部屋にやってきて「外泊したいって何を考えてるのだ」
と顔見るなり、怒ってきたので、私一人きょとん?ってなったわけです。


要するに看護師→医師の間の連絡系統がうまくいっておらず、かいつまんで話しが流れたうえ、私が発言していないように湾曲した内容で先生に伝わって、確認もないまま突然怒られたわけですよ。



それに対して、そんなこと言ってないですどと説明しようとしたのに、看護師が間違うわけがない的に私の言うことに耳を貸そうとしない状況が続き、怒り爆発であ?なったのです。

ま、最後には分かり合えたし、もちろん主治医に対して私が偉そうにいえることなんかないんですけどあまりに理不尽な状況にブちぎれたわけです。

まして、現場前のばたばたした環境の中、入院中の身体への不安、現場を前のようにこなせるのかという自問自答を続けての結果なので、私の神経も通常よりかなり過敏だったというのも事実で、私が結果は偉そうに喚いただけだとは思うのですが、なんせその瞬間、そのときあの大好きな主治医にいきなり勘違いされて切れられたショックで泣き喚いたわけですよ。

なので、小さな会話がおろそかにされることに許せなかっただけで、その些細な不安が病状にはストレスになるという説明が以前にあった矛盾と重なって、言うてること違うやんってなったわけです。

私的にはかなり抑えて抑えて自分をコントロールして挑んだこの闘病ですし、わかっているのでそんなにわがままも言ってないつもりでしたから、余計に腹たったんだと思います。


人それぞれ我慢とかコントロール幅違うでしょうが、入院するとき、このまま治療せず死ぬか、ステロイドうつか、悩みに悩んだ末の入院だったのでね・・・・・

私なりですが、それなりに抑えて治療に専念する環境作ってきました。そのすべてを第三者にわかれとも思わないですし、わかってほしいともいえない立場なのでね。

わざわざ言うまでもないので、このあたりの話は言葉にしませんでした。
治らない病気の人間が家庭に及ぼす害、迷惑、考えたら今死んだほうが迷惑にならないんか?
治療費入院費考えたら治らない病気のためにそこまで散財することは許されるのか?


あたしが病気になったのはあたしの管理不行き届きなのにこれ以上周りに迷惑をかけられるのか?

そんなことばかり考え続け、旦那と話続け入院治療するという結果になったのです。
旦那は「私が嫌なたステロイドも使わなくていい、このまま死んでも最後までみとる。だけど可能性があるのなら、と願ってしまう。だけどこれまで好き勝手してきたお前らしい生き方をおれは止める権利はないから、自分でしたいようにしろ。だけど死んだら俺一生お前を恨むし憎むよ。ま俺に恨まれてもおまえはなんともないやろうけどな。

とだけ言いました。その涙を見て、私は自分の意見とか考え方をまず抑えることを始めようと、治療をする気も延命する気も、入院する気もなかったものを覆しました。

一秒に命をかけて生きる。

これが私の生きざまです。それは仕事でも、闘病でも同じです。ただ生きてるのと感情をもって生きる差は大きい。私はただ治療してただう生きるのではなく、同じ闘病するなら徹底して出た疑問はぶつけ、迷いはなく進みたい。私は生きてると言えるように、生かされちゃ病気に負ける。そう思って今ここにいます。

元気になって健康なったら生かされている感謝もすべきだ。だけど、今は自分で生きる意志を持つことだけが支えになると信じています。
間違っていたとしても、それしか思いつかなかったのが事実でしょうね。

その中で仕事というより生きる気力になってくれる披露宴制作をつづけ、楽しませてもらったり、感動をもらっている今に何よりの感謝と幸せを実感します。

病気なんてどこまで言ってもなった本人にしかわからないものが多いので・・・・むやみに軽はずみにわかったふうにモノ言えないはずなんですよね。周りは・・・・

だけど言葉足らずの文章を起こした自分を責めてすべてを少しずつ書くべきかと思いました。



私の心配しなくていいですし、特にわからせようと苦言を呈してくれなくてもいいですよ
ブログに来てくれる皆さんは、私のことより、どうぞ、自分の健康をまもり続けてください。

それが私の何よりの願いなんです。
私は治らない病気であることを一番受け止め、一番理解し、そして覚悟した人間です。

そんな人間はひとりでも少ないほうがいいんです
どうか、今の元気に過信せず、笑っていられる今を大事にして下さい。

私は治らないけれど、生きている。それだけしか言えない今が現実です。
今を生きるために、もっともっと大きな努力が必要になる身です。

どれだけ伝わったわからないけれど、とにかく、理由がないわけじゃないんですよ?。ってことです。

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