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2008-04-08 02:18 | カテゴリ:モノローグ
あなたは仕事場で家で趣味の世界で一個人として自分の役割をなんだと思いますか?

おこがましい言い方にはなりますけれど、今のチームあげはにおいて私は私の役割とは、怒る人、怒鳴る人、切れる人でなければならないと思ってきました。

最高責任者とは、必ずしも素晴らしい人間の見本ではない と思っています。

手がつけられない、やっかいな人種、取扱注意、それを繰り返すことで人はその人間の取り扱い方法を考えるだろうから・・・・わかりにくく、扱いにくい人間であることを自分の役割であると思っています。


嫌われ役になることをおそれた20代、それでも誰かがやらねばチームが崩れる、その危機感と自分の感情との葛藤の中でやっと見出した納得です。

責任には多くのことが含まれます。金銭的なことも時間的なことも人間関係的なことも立場的なことも物質的なことも、たくさんの責任が問われる中、最高責任者ですと言い切れる自分に何よりの責任を持たねばならないと思い続けてきました。

もちろんできた人間と思っているわけでもなく、自分を大好きでもなく、自信がありあまるほどあるわけでもなく・・・そんな自分を知っているのに、偉そうに最高責任者は私ですと言っている自分を恥じたことも多い。

でも自分の言葉と人の言葉には生涯責任を持ち続けられる人であろう。そうきめています。

そして、自分を棚上げして生きることを繰り返したおかげで、棚上げ中に蓋をした自分の臭い部分を取り出し、いやな部分を直視したことで多くの忘れものを拾いあつめました。

私は担がれる人間であるためにいかに軽くなるか、いかに担ぎやすいか担ぎ手に負担にならないよう気遣いを欠かさず・・・そう思ってきました。

だけど担ぎ手がなまけたときには怒鳴りちらします、今この瞬間にそんなにきれなくても・・という声も多い中、1寸先を見続けて歩んでた私には今をまっとうするために少しだけ先を見ようとしました。

その昔今よりもっと仕事も社会的信用もお金もなかったころには、どんな些細なことにも勉強の種があると思い丸腰で戦争真っ只中の場所で望んで飛び込んできました。
体の傷はいつかは治る。それだけが私の心の声でした。心に傷をつけまい、自分に嘘はつくまい。
その想いは人を信じるからこそ疑い続ける という答えにつながりました。
人を信じ切れれば誰かに心を傷つけられることも落胆することもない、そうして自分の心を守るすべも学びました。勉強は戦場でするもの。そう知ったのも若かりし頃です。

戦いの中に愛がある。愛の中に戦いがある。
いや、戦いの中でも愛を見いだせる自分であらねば・・・そう思ったのかもしれません。

生きることは戦争です。自分が稼げば同業者がつぶれる。同業者が稼げば自分はつぶれる。
その現実を見続けてきました。でもそこに涙はありませんでした。
それが生きるということだとずいぶん昔に勝手にわかった気になっていましたから・・・

ここ最近自分の役割について深く考え続ける日が続いています。
自分の役割は果たしてそれでいいのか・・・・

そして最近考えたことの答えが人間に厳しく人に優しく ということです。

1個人は褒めたたえ、良き所を見出し続けよう。
団体の中にいる人間にはどこまでも厳しくし続けようです。

そう、ここでいう人間も人も要するに同一人物。
人はプライベートでの時間をさし、人間は仕事場や社会の中にいる時間を指します。



れもまた月日とともに考え直す時期が来るかもしれない。でも人間である限り考えるということから逃げてはいけないと思っています。

人間に厳しく、人に優しく、それは相手に対してだけある言葉ではない、自分自身にも言い続ける必要性があると実感しています。

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