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2007-10-03 20:54 | カテゴリ:モノローグ
あげはは0・100の人間。
0か100かで生きてきたしきっとこれからもそれでしか生きられない。だけど、それじゃ毎日がうまく回らない、ぶつかって、責め合って誰かを傷つけて・・・この繰り返しがつらくなって生きる意味を忘れる。そんなときに出会った音楽という表現。

やり始めてすぐの頃、0・100のあたしは訴える言霊の強さだけ感情だけで歌ってた。感情だけのむき出しの声だった。

どうして想うように歌えないのか思い悩み、フルケンもあたしに振り回されまくった。まわりもそのあたしの自虐的イライラに振り回された。

で何度かバックバンドの編成、ミュージシャンを入れ替えてやっと今のあげはBANDが固まった。今のミュージシャンの人間性は誰をとってもおとなしく知的。口数は少ないけれど、人の痛みを感じようとしてくれる人ばかり。その中で歌い続けた私は、感情表現をほとんどしないおとなしいが彼らとのコミュニケーションは音から感じることしかなかった。音を感じて声を発信する。

誰が教えてもなしえなかった、誰の言うことも聞かずに生きてきたあたしは音楽で初めて、感じて発するという本質的50・50を見出した。

自分の声だけじゃない、感情だけじゃない、バンドの音すべてを背負ってステージにたつ責任感と包容力を身に着けた。

生まれてはじめての協調だったのかもしれない。
そしてアンバランスというタイトルのバランス音楽が誕生した。
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あげはの音楽はいつも言葉に支配される。だからこそのアンバランス。
だからこそのバラエティー。あげは流唯一の精神安定が音楽つくりだと想われる。続けてゆけるといい。


それを気長に教え続けてくれたフルケンこと古川健次はあたしにとっては父と呼ばれる存在。
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わがままで適当で天然でイライラするけど、この人ほど我慢、忍耐強くあたしに付き合ってくれた人は過去いただろうか?と想う。本当に感謝の塊。

今回はそのフルケンが倒れたことによって生まれた音楽。
あたしとフルケンの教え子にあたる岡は必死でした。フルケンにはなれないけれど、空いた穴を埋めようと一生懸命あたしに付き合ってくれた19歳ミュージシャン岡ひろあき。
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年齢的にはかなり年下の彼だけど、あたしはこの彼に支えられ、今回フルケン復活の日まで曲を作ることができた。
人と協力して何かを生み出す原点を再認識した日だった。

わがままな私も岡には言わない。
岡ひろあきのやさしさをメロディーに変えた気がする。
岡がなるべく楽になるように、岡のやりやすい方向を必死で感じ取ろうとした。そして出来上がった3曲は・・どれをとってもやさしさが溢れているように感じる。

もちろん、皆さんがどう感じるかはそれはまた別の話なんだけど・・・

そしてあたしを支えようと寝る間を惜しんで毎日訪ねてくれる新ボーカリスト充。
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和馬と兄弟揃ってあたしの生きる道を見つけようとしてくれる。あたしが生きてゆけるように、あたしを悲しませないように、前を歩こうとできもしないのに、やろうとしてくれる。

いつも二人を見て想う。
あんたたちにはあたしを包むなんてとうてい出来ないんだよって・・・
きっと本人たちはそれもわかってる。
なのに、わかっててそれでも前を歩き、あたしを守ろうとするその不器用な愛に日々救われ包まれ、感謝する。

宮崎加奈もあたしにはだまって黙々とあたしのためだけにあたしの作品作りを完全サポートして生きてくれてる。引越しまでして近くにいようとしてくれる。男性人では解決できない問題もすべて引き受け、あたしを楽にさせようとしてくれる。


ほかにも書きつくせないほどの人間愛に支えられているあたしの人生は本当に言葉には出来ない感謝と愛でいっぱい。

この毎日を運んでくれたのはあたしに50/50を教えた音楽でしかないと想う。やさしさと強さを点滴のように少しづつ心に溶かしてゆける歌であればいい・・・・

少しずつしか薬剤は入らないけど即効性のある点滴注射。
それがあたしの目指す音楽だと想っている。


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