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2007-08-05 05:45 | カテゴリ:モノローグ
映画やドラマ、基本的には作り話は見ない主義。
本当にあった話以外はほとんどと言って興味がない。
ゆえに私の目にした映像作品たちはときに恐ろしいほど残酷で、ときに痛みを感じるほど突き刺さるものが多い。

小さいころから親の教えでTVというものをあまり見る機会がなかった。TVを道楽にすることは一切許されなかった。
根本的にそう育った私はTVの無い生活が当たり前で娯楽をTVでまかなうことをしない。

その我が家でもたまにTVがつけられるときがあった。
記憶にある家族で正座して全員横一列で見入った映画は
「レナードの朝」だったような・・・・

それ以外にも実話ばかりを見続けた。
私はえぐいシーン、痛々しいシーンを怖いもの見たさのような心境で目を背けずに人一倍感じようと見入った子供だった。

一番目をそむけたくなるシーンを真剣に見つめ、心に刻んだ。
そして人の痛みを、時代を超えた心の痛みを涙することなくすべてを受け入れるようになった。

何を見ても何を聞いてもほとんど驚くことのない常冷静な私

その私は最近変化した気がする。
誰か話しに耳を傾けることを完全に拒絶する。うわさにすぎないことが多い世間話を毛嫌いする。これは今も昔も変わらない。
自分が実体験したもの以外ほぼ信じないことが多い。
人の話で信じることはその人間を信じるときのみ。

最近PCで動画をみることも多い。
だけど決まって一番痛々しいシーンは早送りするようになってる。
年をとったせいなのか、痛みが自分に憑依してしまうので目を背けてしまうようになった。

あんなにも見入ってきた恐ろしいシーン、一番の見せ所を拒絶する。
人に言わせればそこを見なきゃ意味が無いとか・・・・

でも私はその物語の流れの途中でほとんどラストシーンが描けてしまう。それも的外れなことはほぼない・・・・・
なので先に見たシーンですでに胸が痛くなってしまうらしい・・・・

人の話を聞いていても、その流れで先に痛み、感情を受けてしまう。
音楽も同じ、制作段階の苦悩までも感じ取ってしまう。

それが今までは空想、想像にすぎなかったことだけど、今はそうでもないと実感する。クリエイターのかたがたと仕事をすることが多くなり、またTVの仕事も多く経験させてもらってきたから・・・・

ただ感じるだけなので事実はわからない。
でもその感じたものだけで目にすることがほとんど不可能になる。

たぶん目に入れたらきっと手足が震え半狂乱になるんだろうと想像できる。ただの映画やん・・・ですまない・・・・
舞台本番も同じくその登場人物が完全に憑依されてゆく・・・・

その私は今痛いことから目を背けているのだろうか?
見なくてはいけない苦しみから逃れているのだろうか?
自分でもなぜたかが映像作品とわかりながら見せ場を見ようとしないとのかわからない・・・・でももう何年も見せ場はほとんど見ていない。

目をそむけている自分がなんなのかわからない。
だけど今は見れない・・・・それだけが事実。
目を背ける私は汚い人間なのか?

誰に問いかけ、誰に聞けばわかるのだろう・・・


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