-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007-07-20 00:34 | カテゴリ:モノローグ
4月の頭にエンタメストーリーとして時間をテーマにしたお話を書き下ろした。冒頭のナレーションで言った言葉

「時間は誰にでも平等であり、また誰にでも与えられた形無き宝」

その言葉はふと夜の帰り道頭をよぎった・・・・
時間の不思議を考え始めてもう長い月日がたっているけど、時間という数字と時間という感覚のまったくちがう2つの「時間」にときどき人間は振り回される。

あの人にとっての1秒はわたしにとっての1時間であり、あの人にとっての1時間はこの人にとって1年・・・・

数字で表された時間は感覚になったとき急に形を変えてゆく。
1時間は1時間でしかないはずなのに、そのとき、その状況、その環境においていかように変化してゆく。

これが時間というものの一番の面白み。
ただの数字、またわかりやすい単位なのに、感覚変化を起こしてしまう魔法のような世界。

そしてもうひとつ面白いのがお金という数字。
これも時間にとてもよく似ている・・・・・
だけど、普通はお金を平等に与えられた宝とは思いにくい、ここがお金の面白さ。

時間は平等といえば、納得。だけどお金は平等じゃないと思いがち。
でもお金ももちろん平等なんですよね。本当は。

お金というものに最大の価値、パワーを見出してしまえば確かに平等には見えにくいのだけれど・・・・


お金と時間、その共通項は完全なる平等の上にあるということ。
そしてその遣い方によって大きく変化するということ。

これが数字で表現できる共通項なのだろうと思う。
お金も時間も使い方、環境で感覚の変化を及ぼせる面白い数字。

あげはにとってはお金と時間はなんら代わりの無いただの数字。
一番苦手な数字たちの羅列・・・・・・・・・・・
だけど、その二つともが無くては生きられない存在感の大きな数字。

でもね、やっぱり最後にいつも思うのはお金が無くても時間が無くても人間という心がそこに存在すれば人は生きてゆけるのかもしれないという形のない真実。


管理者のみに表示する

トラックバックURL
→http://agueha.blog63.fc2.com/tb.php/452-b5c7e26e
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。