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2007-04-11 13:06 | カテゴリ:モノローグ
仕事で現場に入る。職業がバラバラ。ある人は司会者、ある人は照明さん、ある人は音響さん、ある人はミュージシャン、ある人はダンサー、ある人は俳優、ある人は進行さん・・・・・・

一見気づかないけど、この職業の違いはなぜか人間の勘違いを起こす。
上に書き出した職業は大きく2つに分かれるときがある。

そう、裏方さんと表方さんというカテゴリーに分かれるときがある。
同じ現場を施工するスタッフなのに、なぜか別のもの、別の世界という認識がこの業界にいる誰もの潜在意識にある。

これがあげはの苛立ちと人間第一主義に反する。
みんな同じ人間でみんなで一つを創るのに、セクションや職業、担っている部門が違えば、声を出してコミュニケーションをとることさえ忘れがちになるという・・・・

情けない・・・・
同じ現場に居れば名前知らない、顔知らなかったら、自分から聞きに行けばいい。自己紹介も気づいた人から声を出せばいい・・・・
昔から居る人が新しい人に気遣えばいい。誰がするべきことという決まりごとなんてそこには存在してない・・・・・

だからルールは嫌いなんだ。
ルールをつくらなきゃいけないほど今の私のスタッフはバカになってる。バカが多いから、バカが増えるからルールを作るしかなくなる。
ある程度ルールを作ったそのときから、みんなはそのルールブックに縛られ、そこに書いてなかったらダイジョウブと勝手な安心をする。

本来それぞれが自分で何がいいことで何がいけないことかを周りを見て人のためにどうすべきかを考えれば一目瞭然の答えが出るはず。
なのに・・・・自分のことばかり考えるバカの集合体が出来上がるとそこにはルールが必要になる。

でも良く考えて欲しい・・・・何が普通で何が間違いを人に決められてる時点でダメなんだということ。
きまってるから間違いとかルール通りだから正しいなんてことはこの世にないと想う。



例えば
出産をした母、子供は重度の障害を持っていた・・・
母は毎日の育児の中子供の将来に希望が見えなくなり子供を殺して自分も死ぬつもりだった・・・だかが自分だけ生き残ってしまった・・・

ある人は子供の将来を無視した親の自分勝手な行動と攻め立てる
そして殺人者という罪で親は裁きを受けることになる。

確かに殺人は法律で罰せられている。
しかしそういう国は重度障害の子供の育児環境が確固たるものとして必ず守ってくれるのか?と思えてならない。
この先の子供の将来を守ることはしないのに(そこは親の責任だというのに)まして、その子供が今この世に確かに生存していることさえ気づいていない国があるのに、殺人を犯したときだけ国の法律で裁かれる。
この大きな矛盾がときより理解できなくなる。

国のルールは国を治めるために必要なもの。それを守る国民の義務もわかる。だけど、実際国の統治をしているお偉いさんは、一人ひとりに降りかかっている日々の苦痛まで知っているわけじゃない。

この件に関して言えば間違いなくその母親が子供のすべてを理解し愛情を持って行動したはずなのでよく言う虐待や本当の親の勝手ではないこともわかるはず。ならば国より法律より母の愛を尊重してもいいじゃない?って想ってしまう私がいる・・・・・

道はたくさんの人があるいてこそ道であり始めから道がこの世にあったわけじゃない。たくさんの人の足が道を切り開いていくことも事実。
今ある道が荒れ果ててきたなら、新しい道を作ることもまた正しい選択になる。しかしその道を歩き続け、補修し続けるのもまた道理。

何が正しくて何が間違いなのかはいつも心の中で二分する。
ルール的にはこれは間違い。だけどヒトとしてはコレが正解。
そのどちらをその瞬間瞬間に判断し、決断してゆける人間一人ひとりの自尊心を養って行きたい。

今私にある問題は、ヒトとしての見解をすべきか、まとめる責任者としての見解をすべきか、いつも迷いが生じてゆく。。。。

でもわかってる。
きっと私が出す答えはどこまで言っても人としてなのだと想う。



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