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2006-12-01 02:31 | カテゴリ:モノローグ
私は16歳で身体表現の世界を踏み、それから今も形を変えながらでも舞台の世界(モノつくりの世界かな?)で生きている。

とても幸せであり、贅沢なことだと思う。

あげはの元には毎年多くの人がやってくる。
この世界で生きてゆきたいと夢を見る若者やプロになりたいといって部隊人を目指し続ける人。
いろんな人に出会う。
正直この世界は贅沢業。といっても過言ではないのかもしれない。

人が遊びという歌や(カラオケ?)絵画、そして人がOFFを満喫するための本などをつくるのだから・・・・結婚式だけが唯一の異質業務。
相手もあげはも本気だから。

この贅沢業というのは自由業
だからこその不自由はつき物。
生活の不安定は当たり前。
精神の不安定はアンバランスでバランスが取れている。

安定収入に不安を覚えるからやってこれる。
だって今日も私はいくらお金が財布に入ってるかなんて知らない。

欠落しまくって、誰かのお世話になりまくってしか生きてゆけないらしい。
あこがれる人はそれをかっこいいとか言う。でも実際はただの馬鹿。

よく私は紙一重といわれる。
実際に特質した部分と欠落した部分の差がはげしすぎるかららしい・・

そんなことはどうでもいいのだが、
はっきりいえるのは、私は別にプロであろうがなかろうが、お金になろうがなかろうが表現を日々常々し続けて生きているらしい・・・
すなわち、稽古で技術を磨くことなどナンセンスだと思っているから。

技術ではなく湧き出る自然体の感覚を表現しているのだと思う。
今日もキッチンに立ってみた。
ほうれん草を切る・・・・ことに涙・・・・なのだ。
殺人気分を味わうことになる。

そして自分の立ち居地から冷蔵庫を開ける一歩の距離がなんだかスマートではないと何度もやり直してみる。
いい感じに動けたら・・・当然冷蔵庫の中のものがいとおしく見える。

一緒に作業をするスタッフが部屋を片付けてくれる。
うれしいけれど・・・・自分と棚の距離感が違うだけで、創ろうとするものが変化する。同じように書けなくなる・・・・

それを人はわがままという・・・・でも本当に違うんだ・・・何かが
なので異様なまでに場所見知りをする。
モノと自分の距離感が非常に大切。
レコーディングスタジオでもまずは自分の居場所を確立
家作りな勢いでセッセと椅子の位置、モノをおく台を確保する。

先日のLIVEでも同じ。
自分の部屋(鳥かごといわれたセット)は必死に作る。
自分のかえる場所がないと歌えなくなるから。

ま?書けばいくらでも出てくるのだが・・・・
私は別にプロかアマかとか聞かれても困るほど気にも留めずに毎日を過ごしているが・・・大事にしたい距離感や空気感だけは絶対崩せない。

きっと舞台人として活動しなくても家の片隅でマイワールドをセッセとつくるんだと思う。
何をしていてもいつも何かが気になって疑問になる限りきっと表現し続けるのかもしれないと最近思う。
それしか出来ないからなのだ・・・・
私は人間失格。といえる。
だから皆様に感謝しかないのだ。

子供やハンディキャップの人とまったく同じ。
誰かが居てくれないと一般社会生活に支障をきたしてしまう。

ありがたいと思う。
私は生きていられるだけで感謝なのだと思う。
だから表現者とかアーティストとかは決してかっこいいものではないと
大きな声で言いたい。

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