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2013-01-17 08:11 | カテゴリ:モノローグ
あげはワークス、あげは活動を継続している今ではありますが
仕事や活動以外でも私には大きな役割ともいえる業務が「母親業務」

業務と言えばいささか聞こえが悪いけれど、
一日のほとんどを自分のために生きている私にとっては
大きな業務であり責任であることは間違いない。

息子が今年14歳になる。
想えば14年間ものあいだ母親という大役をさせてもらってきた。
しかし、14年のうちほんの1年分にも満たない程度の母親らしい
ことをしてやってこなかったのは本当の話

あるときは出来の悪い母親と揶揄され、あるときは育児放棄とみなされ
またあるときは、母親のくせに・・・と色んな意見を耳にしてきた。


それでも、私はこの生き方を辞めようと思ったこともやめたこともない。
人それぞれ母親という像があるように、私にだって自分なりに描いた母親というものがあった。
たとえそれが一般的ではなく、否定される愚かな考えだったとしても貫いてきた。

それが息子にとってのもっとも母親としてすべきことだと思ったからだ。
自分の生き様を貫く、どんな攻撃にも否定にも覆らない信念を抱く
これが私にとって最も大切な息子への教えだと思ってきたから。


そして教えとは口先や教科書でどうこうできるものではなく、生きざまで見せ続けていく
それだけで十分だと考えてきた。


反面教師もあるだろう、息子は息子なりに自分の生きる道を見出すだろう。
それで良い、私を見て、感じて、息子が出した答えを、
私はただただ見守り応援することしか出来ない。

そして私は私の生きる道を歩み、息子は息子の生きる道を歩けば、同じ道でなくても良い。

話が長くなってきたけれど・・・
私は今14年の中で初めて、息子のお弁当を作っている。
人に言わせれば当たり前の母親業務なのだけれど・・・・
この身体を抱え、仕事、活動をこなしながら、毎朝持つお弁当を欠かさず作る作業は
実のところ、私にとっては身体が悲鳴をあげるほど過酷な作業なのだ



それでも私は、寝る間が無くとも、作り続けている。
そして昨日、とうとう、ITP患者にとっては恐ろしい鼻血が止まらないという事態になった。
数時間ずっと鼻血が出続け止血出来ないような、一歩間違えば生死にかかわる事態だった。
お弁当のせいだけではないけれど・・・やはりその影響は大きい


それでも今朝、またお弁当を作った。
唯一、私が初めて息子のためにしていることなので、これだけは・・・
と思っているつもりだ。


命と引き換えの仕事、家事、活動、すべて息子は不安でしかない
負担が大きければやめてほしいと思っていることも多いそうだ(人にたまにこぼすらしい)
それでも息子は今まで一度たりとも私に何かを辞めてと訴えたことはない

だから、私もどんなに過酷で命がかかろうとも決して歩みを止めることも決意を曲げることもない。


心にどれだけのことがあろうとも自分が我慢をすることで私への負担を減らそうとする息子を前にしたら
余計に途中で投げ出せないことを思い知る。

お弁当作りを辞めない理由はもう一つ、ただお弁当を作り、ただ食べている。
それだけなのに、息子がとても安定してきている事実があるからだ。
何もしてやれなくても、ただ沢山食べてくれるように思いを込めて食事を創るだけで良い。
それだけつながりあえるから親子なのだろう。


勉強もスポーツもアートも音楽も・・・何もかも若干出来が悪い愚息ではあるけれど
こんな出来の悪い母親の元に育ってきたけれど、息子は精神的にとても安定し少しずつ大きくなっている
そんな息子を見て私はまた、学ぶ、世の中すべてが感謝なのだ。と・・・


小学校低学年より入院通院を繰り返し、息子のために生きたことがなかった私だからこそ
彼の今が形成されたのは間違いない。

良いことも悪いことも含めて、コレで良かったし、これしか無かった。
これから先も私はきっとこの生き方を貫くだろう。そして息子はまた私のために沢山の我慢をするのだろう。

そしてその時また私は言うだろう、コレで良かったんだ。と。
おめでたい性格だとよく人から言われるけれど、出来の良い母親を目指した覚えもないし、きっとこれからも彼のために、目いっぱい不良母を極めるつもりだ

自分の幸せが何かを知り、その幸せを実感しながら生きている、輝いている母親こそ
私の理想の母親なのだ

家族や子供の犠牲になったと、実の母から聞かされた小学生時代
私のココロに刻まれた想い。

それが、自分の幸せのために生きてくれる母親だった。

子供のために何かを我慢したり、与えたりすることが、喜びや幸せではなく
不平不満だった私の母親


その母親を見て、感じ、同じ哀しみを子供に与えないために
今日も私は自由奔放に生きるのだ。
子供のために自分を犠牲にしたなんて一言たりとも言えない私になるために
息子にバカにされ、あきれられ、そして愛される母親でありつづけたいと今心から願う。





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