-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012-05-10 17:09 | カテゴリ:モノローグ
婚礼の業務に従事しているとよくこの常識という範疇が問題になる事柄に出会います



常識ということばを辞書で引いてみると

社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。

対義語は非常識。その社会に適した常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。

社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。


となっているがとてもあいまいである


なぜなら、社会の人々が当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこととあるにも関わらず
社会によって常識は異なるとの記載もある


ではこの社会とは?ということになってくる


こうしてひも解いていくと、人それぞれにはそれぞれの常識があるにも関わらず
常識という言語を自分の都合の良いように利用して遣うことば多いため乱暴な認識になっていることが多い




私が遭遇した実例の話で言うと


ホテルや会員制の店舗などには利用規定や利用者の心得なるものが存在する公衆の場では、時としてサービス料金の発生やお席に座る際にチャージなどが発生する場合は良くある。
その店店によっては大々的にサービス内容や料金明細などを明記していないことも多い


しかし、たいていの場合は「常識」として場所が場所だけにそのような料金システムなのだろうと予測できたり、認識しているものだと思われている


が・・・・人生の中でプライベートな時間を宿泊目的以外でホテル利用をされたことがない人ももちろん存在し、その方々にとっては、サービス料?チャージ?ってなんじゃろな?



になってしまうこともある様子


その問題になった時が本当の問題でして



店側も「そんなこともしらんのか!!」という態度や不親切な対応ではなく、できる限り丁寧にそして必要に応じて、わかりにくくて申し訳ございませんなどの謝罪もしたうえで説明をするべきであり

カスタマー側も「そんな意味のわからん料金なんやねん!!」ではなく、今までの自分の生きてきた時間には知らないこともあるのだ、という謙虚な姿勢を保ちながら
詳細の説明を受け、一つ勉強になったという理解・受け入れをするべきだろう



上記の一例のような、お互いを想いやり、自分本位ではない対応そのものが、
本来の社会的な「常識」になるはずではないのか?


と思えてならない


知識や経験を振りかざし傲慢に言動をしている方のことを、私は常識人というべきではないと判断しているし、
常識という認識事態の乱用が「素敵な人間性」を破壊している行為そのものとも思っている



常識とは「人が人に優しく、思いやりを持ち、互いに愛を感じる時間をつくるために存在している気持ち」

であってほしいと切に、願ってやまない、今日のあげは美樹でございます



管理者のみに表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。