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2012-03-01 06:09 | カテゴリ:モノローグ
私たち特定疾患の患者は一部の医療費が控除対象になります


確かに医療費がほとんどないのはありがたい


とは思いますが・・・この裏には未だ解明されていない疾患の臨床データとなる



事実があるらしい


治療と実験は紙一重なのだ


効果があるかないかわからない投薬や治療をただ盲目的にドクターの想うがまま
やってみるしかない・・・と言われます



そして私はそこに大きな疑問を持っている



どんな治療も、どんな投薬も、結局は、死んでも病院にもドクターにも責任を問わない


という趣旨の書類に署名捺印が必要で、結局は自身の意思の元ということになる



だったらなんで何もかもドクターの言いなりになる人が多いのか・・・とても疑問で仕方がない



病と闘うのはほかでもない自分自身なのだ



ドクターやそのほか医療関係者は優れた人かもしれないけれど患者ではないのだ



ドクターは医療のプロではあるが、患者のプロではない



己のプロとは自分以外に存在しないのだ



ドクターと患者は常に同じ立場になければならないはずなのに・・・なぜか



ドクターや医療関係者の意思に背けば治療拒否したり立腹するという事実が存在する




意味不明だ



医療関係者の実験台になる前に今一度考えたいことがある



私たちは私たち自身でできる治療があるということを




もっと自分の身体と向き合い自分の感覚が導く治療が何かを見極めるべきだと思う



私は今、完全に投薬をやめて3か月を迎え、通院もしていない



特定疾患も書類提出しなければ認定はされないだろう




しかし、私の身体は間違いなく、諸症状から見て特定疾患というモノに西洋医学的には値するようだ


私は強く、強く想う
医道とは治すのではなく、救うことが大切なのではないかと・・・
治るか治らないかは天が決めること

人が人に施せる治療とは治すことが目的ではいけないように思える
何よりも、身体も心も救うという意識が大切になるのではないかと


救うこと=治すこと では決してない


治らないことが人を救うこともありうるからだ



私は私の身体をこの心を心から救いたいと思う



誤作動をしてしまったこの哀れな身体を救いたいと思う



治したいのではない、治すことが目的なんじゃない



生きている中で弱く生まれてしまったこともあるだろう
成長過程の中で身体に良くないことも多々とあったのだろう


そして結果病気を発生した事実は事実
それを治してしまえば人間特有の忘れられる特技を発揮して戒めを忘れる私がいるのだろう



だから強く思う、治すのではなく、救いたいと



医療の道を医商にしている医療関係者が存在しないとも言えない世の中で
明確な目標は何なのかを考えるべき時期なのではないかと思う


私は実験台になるのなら、自分の想う実験をこの身体にしたいと思う
危険だと言われても、どうせ自己責任になるのなら、自分の想う道を進みたい



それが私を救う唯一道だと確信している



所詮この世は他人は他人事として処理をする



弱者と呼ばれ、医商に毒された環境の中で
彼らのやってみたいという欲と確実性のない実験にはもううんざりなのだ


時にお世話になることも多い世の中には感謝の想いは溢れんばかりに抱いている
だけど、その想いを利用する輩も存在するのは事実


だからこそ見極めたい、この身体をどう導くべきかと・・・
この身体とこの想いをどうすれば救えるのかを考えつくしたいと思っている



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