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2011-07-29 19:31 | カテゴリ:モノローグ
日本は引き算の文化がある


私あげは美樹はそう感じている


加算法が主流の欧米諸国は思考のベースには必ずその文化が見え隠れする


日本文化も同じ、引きの文化が根強いのがいい意味でも悪い意味でも日本人らしさなのだろう


しかし、昨今はその引き算文化が崩壊しているように思う


精神的に勘違いというか気持ちが大きく増長してしまうと、なぜか加算してしまう言動が多くなる様子


料理も同じ、気持ちが大きくなっているとなぜか味付けが濃くなってしまったりするもの


言いたいことがわからないかもしれないけれど。



無意識にとっている行動がすでに自分の身の丈を超えていることにどれだけの人が気づいているのか。



中国語という漢字の元になっている言語文化がよく象徴している


○○に注意しなさいということを 小心と表現している



要するに、人間の日常はすでに気が大きいという教え



わかりますか?
あえて気を大きくふるまっていなくても
気を付けていない限り人間の普通はすでに気が大きくなるものなんだとか


私たちが気をつけることは常に、勘違いをしていないか?

誇張して自己評価をしていないか?


など、過剰な自分への甘さを持ちすぎていないかということ



その一歩引いた気配りができるのが世界中を見渡してもダントツで日本人だったはずなのに・・・



今じゃ、そんな日本人が少なくて、勘違いしている自分にさえ気づけずに・・・



それに注意を促していても、自分に限って誤っているなどと考える余裕もない人があふれかえっている



素直さをなくし、引き算の文化を継承できない現代人



それがいいことなのか、悪いことなのか、私にはわからない


けど、私の気持ちのどこかが、なぜか少し寂しいな・・・と感じるのは事実

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