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2011-03-05 14:09 | カテゴリ:モノローグ
思い返せば小学生のころのお話


声に出来ない想いをノートに書き連ねて破っては紙ヒコーキをつくって窓から飛ばしていた私


幼心にテレビで見た無人島の人が誰かに届けと手紙をボトルに入れて海に流してたシーンの真似ごとで


この世の誰かに届いてほしいと、何枚も何枚も紙ヒコーキを飛ばしてた


海とは違い所詮は紙ヒコーキ、遠くに行くわけでもないのに、きっと届くはずだと信じて毎日毎日窓から投げた


その頃私は今もあまり変わらないけど、とにかく漢字が苦手で、勉強が不得意な子供だった


それゆえ私は中学生になる頃まで紙ヒコーキを神ヒコーキだと思い込んでいた


言葉を託した思いが届く、神様みたいなヒコーキなんだとずっと信じて止まなかった


言えなかった想い、口に出来なかった疑問、見てしまった真実、感じ取った嘘


幼い私の心にはいつも無数の言葉が溢れた


あれから、数十年たった今、あの頃と同じような想いでメールを書く私が居る

メールの送信ボタンを押す瞬間、あの頃の窓際を思い出す

思いの丈を詰め込んだ手紙がどうか心の奥へと届きますように

そんなささやかな願いを込めて、メールを書いたりする私が居る

誰に送るわけでもなく書いてた神ヒコーキとは違って、特定の人に送るメールなのに

あの頃の自分を思い出す不思議

ただの用件だけじゃなく、ただの伝達だけじゃなく、想いをこめた言葉を贈る

それは私の中では今も昔も変わらない

時代が変わっても私の言葉にする想いは何ひとつ変わらずに、ずっと心の奥に居る

言葉は心、心が言葉、そう思い込んで生きた私は、言葉に想いを乗せて伝えていきたいことがある

直接的だからこそ凶器にもなりやすい言葉、繊細だからこそ真意を隠せてしまう言葉

そんな言葉の魅力に取りつかれたのは、きっとずっとずっと昔のことなのだろう

もし私が心から誰かに贈りたいプレゼントがあるとすれば

それはきっと言葉以上のモノはないかな・・・なんてたまに想う

神様のヒコーキが紙きれのヒコーキだと気付いた頃に、一度私は言葉を閉ざした、いえ、心を閉ざした

町中をきっとゴミだらけにしていたであろう大迷惑少女だった反省も今は出来る



私が神ヒコーキに言葉を書き連ねて何枚も何枚も飛ばし続けた想いはきっと


何十年たった今も変わらずに私の中に居る


本当の想いを伝えることは、あの頃も今も罪悪感が生まれる


おバカな少女は相変わらずおバカなままおばちゃんになって


どうでもいいようなとても小さなことを未だにこだわってたりする


今では作り方さえ忘れてしまった神ヒコーキだけど


私にはこうしてどうでもいいようなことを書き連ねることが出来る場所がある



誰に伝えるわけでもなく、ただただ言葉を並べられるこの場所も


今の私の神ヒコーキなのかな・・・・なんて思えたり


毎日毎日、寒さ暖かさを交互に感じながら、確実に春へと向かってる

もう少ししたら、桜が綺麗な春を迎える


初めて飛ばした神ヒコーキは校舎裏へと飛んでって満開の桜の木の上で止まった


今年の春は久しぶりにあの校舎裏に行ってみようか


私の第一号神ヒコーキはどうなったのかを、あの桜の木に聞いてみよう


他愛もない、昔話、たまにはこんなことをお話してみたくなったものですから・・・・





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