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2010-05-19 14:27 | カテゴリ:モノローグ
2010年5月18日午前5時11分。


先日記事にさせていただきました、か?君はるちゃんのお父様が永眠されました。


心よりご冥福をお祈りいたします。


先日の段階ではご本人様に告知していない状況もあって内容は明確には記しませんでしたが、


彼らと出会ったとき、お父様はすでに末期の肝臓ガンに侵され余命は2カ月という診断を受けられていました。

それもあって異例のことではありましたが時間がほとんどない制作期間になることも覚悟でお父様の願い花嫁の願いでもあった挙式・披露宴を共に作ることを決意しました。

制作期間中にも容体は毎回変化し、悪化したり少し安定したりを繰り返し、挙式当日までその命の灯を家族の愛、そして本人の強い意志が繋ぎ続けました。

余命宣告の日が近づくに連れてやはり病状は深刻になり、結婚式を控えた花嫁も厳しい状況に追い込まれていました。

それでもお父様という方の強い希望で挙式・披露宴の決行を決意していたご家族一同様の想いを受け、最悪の事態が
起きた時には病室ででも挙式は行いますと私なりの想いを伝えながら。。。。

たった1日があんなにも長いなんて思ったことはなかったほど精神的に時間に追われる最後の1週間でした。

会場で病院から最後の一時外出の許可を得てやってこられたお父様は、そんなに深刻なの?と周囲を想わせるほど
気丈で、同伴の看護師様が居ることが不自然にさえ思える表情で暖かく喜びの想いを体にまとっていらっしゃいました。素敵な穏やかな花嫁の父としての表情が鮮明に記憶されています。

共に歩いた時間すべてはこのお父様と花嫁の願い、バージンロードを一緒に歩く。ということのためだけ。
それがほんの数時間後にかなえられるとなるとはやる気持ちそして万が一を考えて焦る気持ちが入り乱れ
珍しく冷静な私もあわただしくしていたのではないかと思います。

お父様の命の灯は驚くほどに強く、そして暖かいもので、消えゆくことなどあり得ないと思えてなりませんでした。
しかし、挙式からたった1日半後にその灯は静かに消えてしまいました。

早朝から私なんかにわざわざ連絡をくれた花嫁のはるちゃん。泣きじゃくりながらお父様の最後を知らせてくれて・・・かける言葉が見当たらない私に絞り出すような声で話してくれました。

奇跡をありがとう。と・・・・・私がお礼を言わなければならないことなのですが、その言葉を聞いて複雑な心境でした。私は返す言葉が見当たらないまま、「悲しんだらあかん。お父さん笑ってたやん、悲しんだらお父さんゆっくり眠られへん、やっと痛みから解放されたから、絶対にはるちゃん悲しんだらあかんよ」

出来るわけもないだろうけど、そういうしかなくて・・・・
そう言いながら私の心も折れそうになって・・・・・


奇しくも彼らの結婚式当日となった5月16日は4年前に亡くした京元伸の誕生日です。
そしてまたお父様の告別式会場もあの日私が元伸を送りだした場所。

こんな偶然があるのだろうか・・・と思いながら、お父様が私に残してくれた大きな贈り物となった新郎新婦からの連絡で今夜最後のお別れを伝えてこようと思います。

たった数ヶ月間それも結婚式を作らせていただいただけの私に近しいヒトだけの友人家族葬という告別式に声をかけてくださった二人、家族でもないのに勝手に家族のように勘違いして共に歩いた時間は数カ月ではあるのですが、私にとっては何年物時間を共にした仲間のようで・・・・

恐縮する思いはあるものの、やはり花嫁の希望通りにお別れのご挨拶をしたいと思っています。
ヒトの命、つながり、心、私にとっての大切なものを沢山教えてくれたこの出会いに感謝を持ってこれからを歩んでいきたいです。

どうかお父様が安らかにお眠りになりますようお祈り申し上げます。


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