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2010-03-13 20:21 | カテゴリ:モノローグ
さてさて、京都巡りの最終目的となったTHEハプスブルグ展。
ヨーロッパの貴族ハプスブルグ家の秘宝の数々を展示している京都国立美術館に行ってまいりました。
P1050317.jpg

ハプスブルグ家をよくご存じの方には必要ないのですが、そうでない方のために少しだけご説明いたしますと・・・

ハプスブルク家(ドイツ語: Haus Habsburg)は、現在のスイス領内に発祥したドイツ系の貴族の家系。古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称し、中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、オーストリア大公国、スペイン王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝を代々出した。また、後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から除外されるまで形式的には全ドイツ人の君主であった。ヨーロッパ随一の名門王家と言われている。


その一族の歴史を少し振り返りますと・・・
やはりこの規模にまで血族王位継承権を維持してきただけあって、よく言われることですがこの一族は政略結婚によってその血族をヨーロッパ全土にまで広げたと言われておりまして、一番有名なところではやはり女帝マリアテレジアの世代あたりがよく物語にも登場するのではないかと思われます。

女帝マリアテレジア
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神聖ローマ皇后
オーストリア女大公
ハンガリー女王
ボヘミア女王

在位 ハンガリー女王、オーストリア女大公:1740年 - 1780年
ボヘミア女王:1743年 - 1780年
戴冠 ハンガリー女王:1741年6月25日
全名 マリア・テレジア・ヴァルブルガ・アマーリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ
出生 1717年5月13日
神聖ローマ帝国、ウィーン
死去 1780年11月29日(満63歳没)
神聖ローマ帝国、ウィーン
埋葬  
オーストリア、ウィーン、皇帝地下墓所
配偶者 フランツ1世
子女 別記
王家 ハプスブルク家
父親 神聖ローマ皇帝カール6世
母親 エリーザベト・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル

この人物がフランスとの外交を結びたかったがために娘であるアリアアントーノア(後にマリーアントワネットと呼ばれるようになる)をフランスのルイ15世皇太子(後のルイ16世)に政略結婚をさせ、その後フランス革命に巻き込まれたかの有名な物語につながっていくわけです。

このようにハプスブルグ家から外部に嫁いだ人物だけでなく、もう一人ハプスブルグ家に嫁入りした人物で最も有名な方があの「エリザベート」通称シシィの愛称で親しまれている女性。


エリザベート
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オーストリア皇后・ハンガリー王妃

ハンガリー王妃戴冠時のエリーザベト
在位 1854年4月24日 - 1898年9月10日
別号 バイエルン女公(Herzogin in Bayern)
全名 エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ヴィッテルスバッハ
出生 1837年12月24日
バイエルン、ミュンヘン
死去 1898年9月10日
スイス、ジュネーヴ
配偶者 フランツ・ヨーゼフ1世
子女 ゾフィー
ギーゼラ・ルイーゼ・マリー
ルドルフ
マリー・ヴァレリー
父親 マクシミリアン・ヨーゼフ・イン・バイエルン
母親 ルドヴィカ・フォン・バイエルン

このエリザベート言う女性はよく舞台作品やミュージカル作品の題材になることが多いため日本の皆様でもかなりの認知度があるかと思いますが、この女性、当時の女性にしてはかなり驚く容姿だったそうで身長が172センチ、ウエストは50センチだったとか。

またエリザベートの美意識においては、かなり有名な話がたくさん残っていて、暗殺によって人生の幕を閉じるまでの時間をすべて美のために生きたと言っても過言ではないとのこと。
特に一度姑に歯の汚さを指摘をされ、かなり気にしたエリザベートは独特の立ち居振る舞いをしたというのも有名で実際にエリザベートを演じる女優たちは、必ず黒い扇子で口元を隠したり大きな傘で顔まで深く隠したりする所作というところを必ず取り入れているそうです


さてさて説明がながくなりましたがこのハプスブルグ家の秘宝の数々を展示している京都国立美術館、うわさ通りの盛況ぶりでございまして、なんと2?3時間まちはあたりまえ。夕刻に時間をずらしても1時間待ちとなっている状態でした。ご覧の通りその日の京都は雨、その上気温は真冬並み。
最悪の環境でもう帰ろうや・・・っていうモードになってた私ですが・・・武の強い強い意志に負け、結局長者の列の最後尾につくことに・・・涙

そして待つこと1時間弱、晴れて入館しました。
数々の肖像画と家系図を照らし合わせてみて納得してみたり、たくさん展示された絵画を鑑賞したりと日常では考えられないほどの学び多い時間を過ごすことができました。

もちろん私のブログ程度で記述できるほど浅い歴史でもないうえ沢山の書物や研究者による様々な見解が入り乱れるハプスブルグ家ですのでご興味のある方はどうぞ一度美術史も含めて色々調べてみてくださいね。
すごく興味深い話がたくさんあると思いますので・・・


今回の鑑賞で最もインパクトが強かった作品はやはりエリザベートが描かれた巨大肖像画です。
その絵画の完成度の高さといえば肌のきめひとつひとつまで手に取れるほどの繊細なもので見る者は必ずそのスケールと美しさにため息がでるんじゃないかと思います。


特に私なんかはドレスを扱う仕事も多いため、この時代のヨーロッパの服飾についても興味深々でございました。
こんなドレス今再現したらいいのに?とか、またショーのコメントについてのお勉強ができたなとかいろんな意味で本当に行って並んで寒さに耐えてよかった(笑)と思いました。


それでは、続きものシリーズでお届けした京都のお話はこのへんにして・・・これからはまたあげはの日常をぼちぼちつづってまいります。
長い日記にお付き合いくださいましたこと心より感謝いたします。




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