-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010-02-21 22:25 | カテゴリ:モノローグ
あげは美樹ここへきて老いてゆく両親を日々感じながら息をしている気がします。


数年前再起不能になるかもと言われた直腸がんに見舞われたにも関わらず奇跡の復活を遂げた父学さん。

がんを完治させた勢いも今は遠い過去の記憶になってしまったのか・・・何もかもがどうでもいいと感じるらしい。

一人また一人と友人、知人が毎年他界されてゆく中で言葉にできぬ寂しさを実感してきている様子。

何よりも孤独を嫌い何よりも一人を愛するスーパーわがまま親父も今では妙に聞き分けがいいじいちゃんになった。

そんな父親を横目で見ながら、これ見よがしにマイペースぶりを発揮する母セイミ。

この2月も突然思いつきでどうやらベトナムへと旅立ったらしい・・・。
世界を見るまで死にません発言をしていたのは10年ほど前のこと、毎年毎年どっかこっかと世界を旅する母。

あたしはあたし?を地でまっとうする母は老人世代になって強くなったと実感。
専業主婦を極め、するべきことをやってきたという自覚からか、ここ最近は誰の言うことも聞かず
誰に相談することもなく、思いのままに人生を満喫している。

だけどその姿に妙に年老いた母を感じいてしまう私
生き急いでいるというか、やり残したことを消化しようとしている気がしてならないのだ。

もちろん人間は生まれたら死へと向かうだけの人生だから、年々老いてゆくのだけれど
目の前で両親が年々変化してゆく姿を見ながら、この上ないむなしさうや寂しさを感じてします。

娘として私は何をすべきなのだろう・・・・
このむなしさ、わびしさを取り除くためにどう生きればいいのか・・・・

そればかりが私を追いかけてくる。

私のこの人生はすべてこうして積み上げられたものだった。
いつなん時も両親の傷み、悲しみ、わびしさ、寂しさを感じた時、それを回避できる大人になりたいと
思い突き進んできた。

それでも年々膨大に膨れ上がる両親のわびしさは消えることはない。
せめて、何かの瞬間にでも、わびしさを超える喜びがあの手の平に乗ってくれることを願うことしかできない。

そんな無責任な・・・と思いながらも、自分の娘としての力不足さに目をそむけたくなる。
だからとて、選択肢が別にあったとしてあのこびりついたわびしさや悲しみを私ごときに取り除けることは
ないんじゃないかと思えてきた。

だから今は、気になりつつも、ただ静かにそのわびしさと向き合おうとする両親を見守るしかないんだな・・・
そして立ち向かい戦っている両親の背をみて、私はきっとまだまだ成長する気がする。

両親が生きている限り私の本当の自立はやってこない。
また望んでもいない気がする。

精神的に自立したとき、多分・・・私もまた両親と同じわびしさを心の片隅に置いて生きていきそうな気がする。

管理者のみに表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。