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2010-07-31 10:42 | カテゴリ:モノローグ
最近世間で恐ろしいほどの育児放棄、虐待事件が報道される。


あげはライブプベルではその辺りにも少し言及した内容を盛り込んではいました。


しかし、あげは美樹、この犯罪者であると言われる親を完璧に否定できない自分がいます。


確かに、結果殺人者のような親は許されるべきではない。


だけどそこに至るまでの過程すべてを知っているわけではない私たちは安易な判断をすべきではない。


そう思うわけです。


なぜなら、確かに己の欲望、今を重視して、我慢できない大人になってしまった人は親という責任から
のがれたいという現実逃避を繰り返した末に起きている事件だと思う。

だけど、責任という言葉から逃げている大人は当たり前のようにもっと大勢いるわけで。

親と言う責任、大人という責任について、彼らを完全に避難できる人間ってあんまり実はいない気がする。

たまたま、周りの力やありがたい環境で私たちは当事者になっていないだけで、自分にも十分に起こりえることだと思ってしまうから。

あげは美樹、育児放棄したことありますもの。

だけどね、子供の父親も非難しながらでも手を差し伸べましたし、周りに助けてくれる人がたくさんいた。

子供なんていらないと23歳だった私は本気でおもったこともある。

なんなら、男に子供を作られたという勘違い甚だしい被害者意識さえありました。

その上この子を殺してあたしも飛び降りようと毛布に子供を包んで真冬の自宅を後にしたことも事実です。

それでもあたしは、たまたまの幸運にたすけられ、思いとどまり、帰る場所を持ち、犯罪者にならずにすんだ。


それは、本当にたまたまと言えることなんだと思っています。


苦しさというのは、逃れれば逃れるほど押し寄せてくるということに気づけない若さ。

一番痛いのはその無知である自分を知れない現代の環境。


この犯罪はすべて一個人の彼らだけの責任か?と考えたら極論だけど、総理大臣ってその責任を感じたこと
あるんだろうか?って・・・・


会社で部下が不祥事を起こしたら上司や代表もすべて含めて責任取るしね・・・・じゃこの国の中で起きた
いたたまれない事件の責任は一個人だけの責任じゃないわけで・・・

もちろん取れる責任なんてないのが責任なのだけれど・・・・これもまたよく「責任とります」ってセリフがあるから、責任はとれるものと勘違いしている人間がいかに多いか・・・・

あたしは、犯罪者だったかもしれない、すべては人ごとじゃない。
そう感じながら生きてほしい願いのために真実を報道する信念を持つメディア関係者もいる。


数字を追いかけ、評価を求めるだけの、メディア関係者もいる。


あげは美樹は人生の中で、何度か育児放棄、しましたよ。

だけど今私は結婚式なんかを扱う立場や今までの実績を評価されて社会的に批判されることは少ない。

だからこそ自己批判を繰り返してしまう。
大切なことは周りの評価ではない、自分の歩いた道を一番よく知っている自分が、世間が許したからとて
許すべきではないのだと、汚点を忘れない自己反省をし続ける心なのだと思う。


絶対なんて言葉はないけれど、世の中の母親全員、
きっと育児放棄に近いこと考えた人ほとんどじゃないのかな?

その点この事件においても父親ってのがあまり問題視されないことが問題なんだよって言いたくなる。

離婚したって、子供の父親は存在するだろーさ。
紙の上の話だけじゃなくさ、この今回の事件の父親は彼らを気遣ってたのか?なんて疑問を抱いてしまうわけよ。


母親は子供にとって大切な存在であることは確かだよ
だからこそ、母親のくせに子供を放置・・・って非道く非難されるけどさ。

子供の立場からすれば、親に男も女も関係ないっつーの。
親は単に親なのだよ。


親としての責任はその親のまたその親にもあるわけよ。
断片的な問題じゃないんだよ。


心の荒んだ人間がノウノウと涼しい顔して歩いているこの世の中が恐ろしい。
だからあたしは自分の過去を綺麗に彩ることはしちゃいけないんだと思う。

もちろん、今はここに書いたすべてに反省もし、あり得ない自分だと思うし
助けていただいたすべての方々に感謝の心忘れないようにしたいと願っています。

あたしは一人だったらきっと息子をここまで育てられなかったよ。
沢山の人の力でやっと小さな命をひとつ守れたよ。

沢山の大人の手でやっと1つの命をはぐくめる。
これほどまでに、大人の小ささががうかがえる世の中なわけで・・・

それだけ考えても、この国は破滅に向かってるよな・・・って思う。
そろそろあたしも自分の人生考える時期なのかもな・・・・



孤児院でも開園しようか、そして子供たちから学び続ける人生を送るべきか・・・

世の中なんか間違ってる。

だけど正しいことが必ず人を救うわけでもない。

間違いでも正しくてもダメってことは、そう、笑うしかないってのがこたえよ。

笑える余裕、笑える隙間、心の中に持っていかねば。

そしてあたしはそのためにそんな場所を作り続けるべきなのだろうな・・・


考えさせられるよ毎日ね。




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2010-07-30 12:24 | カテゴリ:モノローグ
あの日空が割れました。


あまりのまぶしさに目を開けていられないあたしがいて


空の向こうには光だけの世界が広がっていることを知りました。


見ることも許されず、感じないことも罪となる


そんな光だけの世界はどこまで続いているかを考え始めました。


そしたら突然空が落ちてきて、まるでパズルの小さなピースのような

欠片になった青空をこの手のひらに乗せました。


幼い日に大きく手の届かない場所であった空は永遠だと思ってた


だけどそれは大きな間違いでむなしい錯覚で


空は欠片でしかないことを思い知って怖くなった


大地は鏡となり熱を放ち星を映す


燃えたぎるような土の熱さに焼け焦げてゆくこの身体


骨さえも溶かしてゆくほどの熱が怒りなんだと知った


大地が欠片になったなら、幾千の時を超えた苦しみも


きっと遠い過去の記憶になるだろう。


願いではないけれど、空が欠片になった日に


あたしはまた新たな時間にまたがった。


今いったいいくつの時間の虹をまたいで戻って


行き来を繰り返しているのか時々混乱する。


巡り合って初めて見えた赤い月の涙


巡り合って初めて見た青い太陽の涙


なぜ光のある世界からこぼれおちて


小さな欠片となった空を照らすのか

そんな愚痴を聞きながら、深い眠りに誘われたきがする




2010-07-29 14:19 | カテゴリ:モノローグ
今回の東京行きで私はどうしても逢いたい人がいました。


かなり多忙な方で逢うのは不可能だろうとも思っていましたが一目逢わなければと思っていました。



音楽に携わるお仕事をされてきたそうですが、あたしにはそのあたりのことは詳しくわかりません。

ただひとつ言えることは、私、大切な方を無念な失くし方をした方と言えばいいのではないかと思っています。


急性骨髄性白血病で大切な方をなくされた方です。


そして私のような名もない人間にさえ、最良の心遣いを注いでくれる方です。


願いは通じるものというか、ただ逢いたいと思う、その願いもその方のあたたかい心でかなえてくれました


忙しい方です、断ることはいとも簡単だったはずです。


それでも無理を押してでも、たった5分でもという意志で滞在先のホテルまで足を運んでくださいました。


人間としての愛を多く感じた夜です。



あたしは、今歌い手として、表現者として、しなければならないことがあるんじゃないかと・・・
大きな病と闘いきれず無念にも世を去った人のために、大きな病を超え今を生きている人間として


語り継いでいかなければならないことがある、そう実感しています。


あたしにやってくる毎日の葛藤、それは、この投薬を断ち切れば本当に病状は悪化するのか

断ち切ってもこの安定はまだ残るんじゃないか、いや、危険なのでダメだ・・・・毎日、毎時間、毎分


頭によぎること、投薬中である苦痛。


今のあたしにはひとまずは生きるという使命がありその上で、表現者として生きてこれた感謝をすべきなのだ

そう実感しているのです。


命と向き合い、病と出会い、薬と闘い、副作用に怒る、そんな経験をした人間でないと絶対に理解できない
叫びを、今生きている病人表現者として語り継がなければならないと思っています


きっと病に倒れ命を奪われた人がしたかったであろう活動を少しでも感じ、心のどこかに置いて
継承しなければならないのだろうと思っています。


母として、妻として、娘として、以前に、一人の人間として、一人の表現者として、するべきことが
ある、そう思い直せたのは、目をみて、温度を感じながら、逢いたかったその方と談笑した時間がそうさせたのだと思っています。

とはいえ、小さなあたしに出来ることなどたかがしれているだろう。


それでも、するべきことは明確で


言葉を、あたしにしか書けない消えた魂をつなぎ合わせるための言葉を書きださなければいけないと思っています。交信しながら自分とスクリーンに映し出されるその魂を言葉にしていくために、素敵な縁と出会いをあたしに
くれたのだと思っています。

大切な人を亡くした心の傷を癒し、生きるという当たり前を忽然と奪われた夢追い人を鎮める言葉を
生みだすべきときがきたのだと、実感しています。

あたしはきっとずっと存在を必要とされることに飢えていたのでしょう。
そしてその前に、生きているあたしという人間がすでに作品そのものだと言ってくれた愛すべき女性ライターの
情熱が、すべての歯車をかみ合わせてしまったんです。


ありがとう、その言葉しか今は言えないけれど・・・本当にありがとう。
女性ライターと編集長そして雲の上に生きる男性プロデューサーに捧ぐ





2010-07-28 22:16 | カテゴリ:モノローグ
帰ってきました。



東京は風があって、熱いながらも過ごしやすい気温だったように思います。



さて、今回の旅、大変実りあるもので、お会いしたかった方全員に会うことができました。



今後どうなるかはわかりませんが、心ある人たちに支えられながら、少し今までと違う形で



自己表現できることが可能になればいいな・・・とたくらんでおります。



やっぱ東京はでかい。


洗練された空気が町を覆っていて、住み着きたい衝動と闘い、患っていた風邪と闘い


JRの駅員と闘い(まぢでぶち切れちゃった事件がね・・)


めまぐるしい時間が過ぎました。


今はゲホゲホの咳と鼻づまりと頭痛とをお土産に自宅に到着して・・・・


大人しく床に入るとします。


明日もまた一日がんばるぞ。



2010-07-27 08:00 | カテゴリ:モノローグ
昨夜のトリニティーマンデーライブナイトは、予告通り琉球三昧でお届けしました。
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ミュージシャンズもかりゆしウェアーでございます(笑)
キッチンチームもみんなで浴衣ナイト、いい感じでまったりと・・・・
久々に沖縄民謡を歌い、四竹も持ち込んで「イ?ヤサ?サ」ですよ。
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ところがですね、実はこの日朝から38度ほど扁桃腺を腫らして発熱したあたくし・・・・
久々にもう死ぬな・・・と思いながらのライブでした。
でもトリニティースタッフの大きな愛に支えられ、多分お客様誰一人気付かず進めたのでは?
と感謝感謝です。
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この日キッチンのお料理がスペシャルメニューでしてね・・・ラフティーの前菜や、ゴーヤのチャンプルなど琉球食材を使ってのイタリアンで、もうすごくすごくよかったんですよ

マスターシェフのよしひろっぴ?のやる気にも支えられたのよね。ありがとう。
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フルケンも中3日ほどでかなりの琉球音楽の譜面を起こしてくれまして、本当に感謝
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また夏の間はこの琉球ナイト再演すべしだにゃ。
あげは美樹、一晩たって少し体もマシになったけれど・・・今から実は東京です。
ぶり返さぬよう用心して沖縄の余韻に浸りながら行ってきます。
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